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こんな地方からつなぐワークスタイルで働くようになったのは、いつからですか?
震災以降なんですよ、地方に行き始めたのは。僕は東京の本社がある辺りで育っているので、あんまり地方って縁がなくてですね。
なんと、そうだったんですか。
震災をきっかけに地方にサテライトを作ることになって、たまたま徳島に行き始めてから、こんなことになってきて(笑)それが地方創生とかに繋がって。まさかこうやって地方の人を自分で雇用するとは全然思ってなかったわけです。それまで全く接点がなかったわけです。そこは面白いですよ。
震災までは、こういうワークスタイルはやってなかった?
いや実は、伊豆高原でサテライトオフィスを展開し始めたのが2008年で、さらに言えば、離れた場所で仕事をするっていうのは、もともと90年代から自分でやっていたので、そんなワークスタイルは当たり前のことだったんです。
それは歴史がありますね。リモートワークの下地があったわけですね。
当時は言ってみればリゾートオフィス。伊豆高原でカヌーをしたり、フライフィッシングをしたりみたいなのが、ITの真逆なこともたぶん必要でしょう、みたいな気持ちでやり始めたんです。
リゾートオフィス、良いですね(笑)
だけど、それが震災以降がらっと様相が変わってきて、BCP(事業継続計画)の話が出てきたわけじゃないですか。
ええ、そうでしたね。
震災以降、原発の問題が大きくて、あれはちょっと無理だろうなと思って。特に家族連れの人。家庭がある人たちは、やっぱりなんかあったときに子どもを連れて行ける場所がいるだろうなっていうのは思っていて、それがやっぱり最優先でしたね。
なるほど。それは社員さんがっていうことですか?
そうですね。自分たちもそうですよ、もちろんね。今はなんとなく安定しているように見えるけど。いつどうなるか分からないということを考えると、経営的にはやっぱり代替地を持っておいたほうがいいだろうっていうのもあって。
東京に対するリスクと思いがあって、その候補地を探していたんですね。でも何故、徳島だったんですか?
当時の私たちの東京のオフィスは50坪ぐらいスペースが空いてて、そこを地方にいる他所の会社のサテライトオフィスとしてシェアオフィスみたいな感じで貸してたんです。
よその会社に貸していたんですか。
そう、そこに5社ぐらい入ってて、それが全部徳島の人たちで。それが、たまたまなんです。
すごい偶然。
それで震災以降「どこかオフィスがないかな」って言っていたときに、「徳島がどうも回線が速いらしい」と。
徳島の人が「らしい」と(笑)
「らしい」って言うから、「じゃあ、1回見に行ってみようか」って言って2011年の5月から3カ月、毎月1回ずつ行って、あっちこっち調べて、10カ所ぐらいまわったんですけど。
それは結構、行かれましたね。
一番最初に気が付いたのが、伊座利っていう、100人ぐらいしかいない限界集落の漁村があるんですけど、すごい良いところにあるんですよ。秘境にあるんですけど。そこでYouTubeの自分が出ている番組の動画を見たら、スースー見れるんですよね。
すごい。人がいないから、ガラガラだったんですか?(笑)
と思うでしょう。その後、祖谷っていって、平家伝説がある山の奥のほう。高知のほうの古民家を改修して宿泊施設にしているイギリス人がいるんですよ。そこの古民家に無料のWi-Fiが置いてあって、その風景がきれいだからって、ピューッて動画をiPhoneで撮って、Facebookにアップしたら10秒でアップできたんです。
そこそこ速いですね。
徳島がむちゃくちゃ速い理由は地デジ化。山の反対側は民放は見れなくなるっていうんで、20万キロのケーブルを引き回しているんですよね。山の上でも、海の果てでも、人が住んでたら、たぶん政策上引かなきゃいけないからでしょうね。
なるほど〜。じゃあ、徳島は回線が強いからサテライトを出そうかって?
そう。あと受け皿があった。お遍路文化があるせいだと思うんですけど、外の人に対しての頑なさがなくて、受け入れやすいんです。
それは面白い話ですね。
お遍路さんだと、海外の人もいたりするけど、そういう人たちに「おもてなし」っていって食べ物をあげるという文化があるから、コミュニケーションは取りやすいんですよね。
日本の田舎って閉鎖的な、保守的なイメージがありますけどね。
徳島の特徴は、そうした受け入れやすいところじゃないかなと思いますね。それが大きかったな。
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