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第1回から読む
マドレボニータというか、こうした活動の最初のきっかけはなんだったんですか?
きっかけは自分が出産したときに「なんだこりゃ」って思ったことです。。
やはり自分の経験から。
そう。私は妊娠中はすごい元気で、やっぱりいろいろな情報もあるから、すごい真面目な妊婦だったんですね。運動もするし、食事も気を付けるしみたいな。だから、もう本当にいいお産ができて、いい子育てができるって思い込んでたんです。
ええ。
でも、産んでみたら体がボロボロになって精神的にも不安定で、子育ても思ってた以上に大変で。妊娠中の過ごし方とかはすごく教わるのに、産後のことは教わってなくて。
ネットにもあんまり情報がないんですね。
そう。ないし、すごい探したんですよ。母子手帳の続きがないのかな、とか。
出産がゴールじゃないはずなのにね。
そうそう。いろいろ探したんだけど、ない。だから、ちょっとやっぱり社会がおかしいっていうのは、本当にもう自分が子どもを産んだ瞬間に思ったんですよね、「日本の厚生労働省は何をしてるんだ!」みたいな。
おお、一気に壮大になりましたね(笑)。
うん。でも、当時はインターネットにもつながっていなくて、こんな乳飲み子を抱えながら厚生労働省を動かせる力はないし、どうしていいか分からなかったから、まず足元からというか、自分が元気にならなきゃみたいなところからスタートしたんです。
じゃあ、最初は今のような事業みたいなことではなくて?
全然。もうフィットネスクラブで月曜日から土曜日まで週5でバイトしながら、休みの日に教室をやってた。その教室の申し込みとかも、メールがなかったから、自宅の電話とファクス(笑)。
すごいバイタリティ。
とはいえ、立場的にはフリーターですよ。フリーターをしながら教室をやってみたいな感じだったので。それが少しずつ人気が出てきて、午前中だけやっていたのが午後も教室をやってとか、水曜だけだったのに月曜、水曜もやるようになって。
そこから他の教室は、どうやって広まっていったんですか?
それはインターネットですね。98年の10月ぐらいからやっていて。
かなりアーリーアダプターですね(笑)。
ブログとかまだなくて、勝間和代さんたちが運営していた「ムギ畑」というワーキングマザーの掲示板とかに書き込んだりしていたんですけど。
懐かしい(笑)。
そのあと楽天日記が流行って、私も楽天日記をやっていて毎日ポストしてたので、読んだ人が「私もすごい共感する」とか「私もやってみたいです」とか、教室に参加するだけじゃなくて、「熊本に住んでいるんだけど、私もインストラクターをやってみたい」っていう人が出てきたり。
素晴らしい情報発信力ですね。
折に触れて「日本の母子保健はおかしいよね」とか、「母親になった途端にみんなママって呼ばれて顔がなくなってしまうというのはもう人権問題だよね」とか、そういう話はブログに書いたりしていると「いや、私もそう思ってました」っていう声が出てきて。
きっと、みんな感じていたことだったんですね。
今まで声なき声というか、「光を当てられてこなかった部分に光を当ててくれてありがとう」みたいな人たちがやっぱり共感してくれて。
インターネットが広まるタイミングともあってたんですね。
むしろリアルだと言えなかったりしてましたね。
公園に子連れで来たお母さん同士の会話とかね。
「なんか熱いお母さんですね」「お子さんが生まれたのに、そこまで頑張って偉いですね」とか、ちょっと引かれたり。
なんとなくわかります。
でも、ネットだとなんでも書けるじゃないですか。ネットだと、周りの目を気にせずに「私もそう思います」っていうふうに言えるし。だから、ネットでそういう声は集まってきやすい。発信し続ければ仲間ができる。やっぱりインターネットはすごいね。
インターネットもすごいですけど、そうやって発信し続けるのがすごいですよ。
今、事務局スタッフとしてやってくれている人が、その当時15年前ぐらいのブログを当時から読んでましたみたいな人が3年前に事務局に入社したみたいなこともあって。
そうそう、そういう感じです。
それは、ちょっとお互い感動しますよね(笑)。
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